映画『シャッターアイランド』(2010)が描く怖さと内容解説。ネタバレを交えて伏線の意味を考察【あらすじ、感想あり】

『シャッターアイランド』(2010)は、アメリカで製作されたサスペンス作品。

監督はマーティン・スコセッシ、主演をレオナルド・ディカプリオが務めています。

この両者はたびたびタッグを組んでおり、本作は実に4度目の作品。

精神病患者の受刑者を収容した孤島の秘密を探る、2人の連邦保安官の物語です。

見進めていくほどに、謎と恐怖が深まっていく精巧なストーリー。

サスペンスだけでなく、ラストに待つ急展開も大きな見どころです。

本記事では、『シャッターアイランド』(2010)の怖さに迫りながら、ネタバレを交えて解説していきます。

『シャッターアイランド』(2010)の作品情報とキャスト

『シャッターアイランド』(2010):(C)2010 Paramount Pictures

作品情報

原題:SHUTTER ISLAND
製作年:2010年
製作国:アメリカ
上映時間:138分
ジャンル:サスペンス

監督とキャスト

監督:マーティン・スコセッシ
代表作:『ディパーテッド』(2006)『タクシードライバー』(1976)

出演者:レオナルド・ディカプリオ/吹替:加瀬康之(テディ)
代表作:『レヴェナント:蘇えりし者』(2015)『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)

出演者:マーク・ラファロ/吹替:志村知幸(チャック)
代表作:『スポットライト 世紀のスクープ』(2015)『アベンジャーズ』(2012)

出演者:ベン・キングズレー/吹替:有本欽隆(コーリー院長)
代表作:『ザ・ウォーク』(2015)『ガンジー』(1982)

『シャッターアイランド』(2010)のあらすじ

島に向かうテディとチャック:(C)2010 Paramount Pictures

連邦保安官のテディとチャックは、絶海の孤島に向かっていた。

向かう先は、精神を患う凶悪犯ばかりを集めた収容所の島「シャッターアイランド」。

先日この島で、レイチェルという女性患者が不可解なメッセージを残し、突如行方不明となった。

彼女の失踪を捜査するため、島にやってきた2人。

医師や囚人らに取り調べをしていくうち、妙な違和感を覚え始めたテディ。

“この島は、何かを隠している”。

【ネタバレあり】『シャッターアイランド』(2010)を解説

「ダッハウの虐殺」:(C)2010 Paramount Pictures

『シャッターアイランド』(2010)は実話?

『シャッターアイランド』(2010)自体は、実話に基づいた作品ではありません。

しかし、本作は劇中に史実を描いている部分があります。

それは、テディの"悪夢”から見ることができるのです。

彼の見る"悪夢”とは、彼の過去のトラウマによるフラッシュバックのようなものでした。

その1つが、かつて兵役に就いていたときのこと。

彼は第2次世界大戦で、ドイツのユダヤ人強制収容所の解放部隊にいました。

無力化に成功した米軍は、捕虜としたドイツ兵たちをフェンス越しに並ばせます。

それから米兵たちはドイツ兵を次々と射殺。

このドイツ兵捕虜虐殺の現場に、テディは居合わせていました。

「ダッハウの虐殺」と呼ばれるこの出来事は、第2次世界大戦中に実際に米軍が行ったもの。

テディは辺り一面の死体の山を見て、強烈なトラウマを植え付けられました。

ドイツでのトラウマは、その後の彼の人格に多大な影響を与えていきます。

以上のとおり、本作は史実に基づく描写を盛り込まれているものの、物語自体は実話ではありません。

そして、このフィクションに史実を織り交ぜた物語構成には、製作者による意図が込められています。

詳細は後述しますが、本作の主人公テディは、現実と妄想の区別ができない人物。

このような人物を描くために、あえて史実を盛り込んだ物語としているのです。

『シャッターアイランド』(2010)は原作はある?

結論から言いますと、この作品には原作があります。

原作は、デニス・ルへインによる同名の小説。

デニスはアメリカのミステリー作家で、現代ミステリー作家を代表する1人です。

彼は1994年のデビュー以来、数多くの賞を受賞してきました。

デビュー作は、アメリカ私立探偵作家クラブが主催する、シェイマス賞最優秀新人賞をいきなり獲得。

また、2002年には『ミスティック・リバー』(2001)で、アンソニー賞長編賞を受賞。

2012年の『夜に生きる』(2012)では、アメリカ探偵作家クラブ主催のエドガー賞最優秀長編賞に輝いています。

このように彼は、ミステリー作品における権威ある賞にことごとく認められているのです。

そんなデニスの作品は、数多く映画化されています。

代表的なものとしては、本作をはじめ、先ほどの『ミスティック・リバー』(2003)など。

監督も、巨匠クリント・イーストウッドやベン・アフレックなど、ビッグネームが手掛けています。

そうそうたるメンバーによる映画化は、彼の輝かしい経歴を見れば納得です。

デニスの作品は重厚な内容が多く、本作の原作もまたその例にもれません。

彼の描く世界観をどう解釈し表現するかは、まさに製作陣の腕の見せ所。

そして、デニスの作品は今後も映画化されていくことでしょう。

彼のミステリー作品からは、今後もますます目が離せません。

【ネタバレあり】『シャッターアイランド』(2010)は怖い? 恐怖の正体を解説

「4の法則 67は誰?」:(C)2010 Paramount Pictures

見進めていくにつれて、ますます謎が深まるばかりの『シャッターアイランド』(2010)。

一度でも集中を切ってしまうと、とたんに何が何だか分からなくなってしまいます。

本作は、そんな”何が何だか分からない”という状況が生み出す恐怖を描いた作品。

作品に込められた最大のテーマともいえる、この恐怖について、感想を含めた形で考察していきます。

真実が"分からない"恐怖

本作の主人公は、テディ・ダニエルズ。

物語は彼の視点、行動を主軸に展開されていきます。

テディたちの目的は、消息を絶ったレイチェル・ソランドーを捜索するための島の調査。

ですが、アッシュクリフ精神病院の医師や職員は捜査協力に否定的でした。

こうした連中の態度から、テディは彼らが何かを隠していると勘ぐります。

また、テディにはレイチェルの捜査という仕事以外の目的がありました。

彼は、放火で妻を殺したレディスという人物を探しに、シャッターアイランドに来たのです。

テディたちはレイチェルやレディスを探すため、島中を探索します。

そんな中、探索中にチャックが突如いなくなってしまうアクシデントが発生。

彼はチャックを探しに灯台に向かうも、そこにいたのはコーリー院長でした。

そして、コーリー院長の口から真実が語られ始めます。

まず、レイチェルが残したとされる「4の法則」について。

これはテディの本名「エドワード・ダニエルズ」が「アンドリュー・レディス」のアナグラムだということ。

そして、「レイチェル・ソランドー」もまた、妻の旧姓「ドロレス・チャナル」のアナグラム。

「4の法則」は、この4者の名前の関係性を呼んだものでした。

続いて、同じくレイチェルのメモにあった「67は誰?」というメッセージ。

コーリー院長は、レディスこそが病院の67人目の患者だということを指したものだと言います。

つまり、テディこそがアンドリュー・レディスだということ。

レイチェル・ソランドーも実在人物ではなく、彼が作り上げた架空の人物でした。

それどころか、今まで本編で描かれていたもののほとんどは、彼の妄想の世界だったのです。

彼は精神を病んだ受刑者の一人でした。

強制収容所の出来事と我が子を殺した妻を殺した事件がトラウマとなり、彼をむしばんでいたのです。

こんなどんでん返しをいったい誰が予想できたことでしょうか。

話が一気にひっくり返されてしまい、今まで積み上げてきた理解が音を立てて崩れていきました。

もはや、どのシーンが現実なのか妄想なのかさえ分からなくなってしまいます。

この瞬間から、何も信じられなくなる恐怖が見る者に襲いかかってくるのです。

そして、自分は現役の連邦保安官だと思い込み続けるレディスの狂気。

常人の理解をはるかに超えた彼の言動は、先の見えない真っ暗闇のようなおぞましさを覚えます。

それぞれの最善の判断とは?

最後の最後で、物語が前提からひっくり返される予想外の展開。

今までの約2時間の大半が妄想だったと思うと、レディスの想像力にはただただ脱帽です。

しかし、本作は最後の最後のさらに最後でもうひと返しします。

この点については、2回目を見るまで全く気が付きませんでした。

思わず鳥肌が立つほどの衝撃です。

真実を告げられたショックで気絶したレディス。

目覚めると、彼は囚人服を着て両足を鎖で繋がれていました。

側にいたコーリー院長たちは、彼に自分の名前やここにいる理由を尋ねます。

彼は、アンドリュー・レディスとして、全てを認識していました。

薬による治療で彼が現実と向き合えるようになれば、コーリー院長たちの本懐は果たされます。

一方、今回のように再び妄想世界に生きるようであれば、ロボトミー手術を受けることに。

彼らの最終決断の期限は、目前と迫っていました。

病院入口の前に座り、シーアンとともに一服するレディス。

「どうする」

"チャック"が尋ねると、"テディ"はなんともいえない表情で一言。

「島を出よう」

これを聞いたシーアンは、遠くに控えたコーリー院長に向かって、首を横に振ります。

その後、レディスはそのままどこかに連れていかれます。

コーリー院長たち「進歩派」は、「保守派」との勝負に負けました。

架空の人物を作り上げ、凶暴なままのレディスは、ロボトミー手術を受けざるを得ません。

連れていかれる直前、レディスはシーアンにこんなことを言っています。

「モンスターとして生きるか善人として死ぬか、どっちがマシか」

こう吐き捨てた"テディ"は、その場を去ります。

シーアンは"テディ”と呼ぶも、"レディス"は反応しませんでした。

そこにいたのは、テディではなくレディスだったのです。

レディスはテディを装い、ロボトミー手術を受けに連行されていきます。

直前でレディスに戻ったのか、シーンの最初からテディを演じていたのか、ここでは分かりません。

ただ一つ言えるのは、彼はロボトミー手術を受けるべきだと考えていたということ。

コーリー院長たちの悲願が果たされなかったことは事実です。

けれどもそれは、レディスが意図的に失敗として終わらせたもの。

この場における最善の判断は、自分が手術を受けることしかないと考えたレディス。

それこそが、最大多数の最大幸福を実現するものと信じたのです。

コーリー院長たちの失敗こそが、レディスにとっての最善の選択。

たしかに、今後の精神医学の発展は大きく遅れることでしょう。

しかし、実害が出る可能性のある状況下で臨床が挫折すれば、元も子もありません。

誰かにとっての最善は、必ずしも他者にとっての最善ではないということ。

ではどんな判断がよかったのか、それは後になってみないと分かりません。

その分からなさもまた、本作における恐怖の1つだといえます。

何が真実で何が異常なのか

本作は、何が真実なのか、何を正しいとするかという作品の根底そのものに大きなブレを与えています。

このブレの要素はこれだけにとどまらず、登場人物にまで波及しているのです。

さらに巧妙なのは、視点によっては正常なものも異常に見えるという恐怖。

正常と異常は表裏一体の関係であることを、スリリングに伝えてくれるのです。

先に述べたように、テディはレディスが作り上げた虚像でした。

彼の言うことは妄言がほとんどで、しかも気に入らないことには容赦なく暴力を振るいます。

精神をわずらっている彼を正常だとは、とても言えません。

ではその他の人物が正常かといえば、必ずしもそうとは限らないのです。

テディの夢に現れるドロレスは、テディを良い方向に導く役割を果たしていません。

むしろ彼を妄想の世界にとどめようとしています。

また、穴にいたレイチェルとの接触後に会った警備隊長もその1人。

彼はテディを車で拾った後、彼をたきつけるかのように暴力の純粋さを語ります。

一般的に、暴力の肯定は正しいとは考えられないもの。

通常の感覚からすれば、彼の話は正常なものとはいえません。

さてここからは、正常と異常が見る立場によって変わることに触れていきます。

この物語をテディの物語だとして見れば、捜査協力しないコーリー院長たちは異常です。

脳をいじくって洗脳をほどこす病院の連中は、揃って狂人だといえます。

また、薬剤治療を推進する「進歩派」と、ロボトミー手術を肯定する「保守派」の関係。

コーリー院長たちからすれば、精神病患者は全員拘束具が必要だと言う「保守派」は過激派です。

「保守派」であるナーリング医師や警備隊長は、凶暴なレディスに手術は不可欠だと考えています。

彼らは、精神医学において「進歩派」の思想をよしとしません。

今回、レディスが回復傾向を見せれば、「進歩派」が勢力を拡げることは確実。

そのため、「保守派」はレディスの怒りをあおり立てるようなことばかり言うのです。

自らの医療思想のためにレディスをけしかける姿勢は、明らかに常軌を逸しています。

こうしてみると、本作には正常な人間は誰一人として登場しません。

誰もが等しく狂っていると言っても、決して言い過ぎではないでしょう。

ここにもまた、確かな正常性を信じられないことで生じる恐怖があります。

加えて、異常な存在そのものがストレートに放つ恐怖感もまた盛りだくさんです。

【ネタバレあり】『シャッターアイランド』(2010)の伏線と意味を考察

レイチェル・ソランドー:(C)2010 Paramount Pictures

『シャッターアイランド』(2010)は、緻密に練り上げられたサスペンス作品。

それゆえ、作中には物語の真相に迫る数々の伏線が張りめぐらされています。

この項目では、本作における伏線となっている部分を解説していきます。

伏線・考察①:”シャッターアイランド”の秘密とは

病院が秘密裏に行っているとされる、患者たちに対するマインドコントロール。

この秘密を知ってしまったせいで、レイチェルやレディスは行方をくらましたと考えるテディ。

では、病院はこの恐ろしい計画を本当に実行していたのでしょうか。

実際は、洗脳目的ではないものの、ロボトミー手術は行われていました。

手術とは、脳をいじって感覚神経をまひさせ、従順な存在に作り変えるというもの。

一度手術を受けたら最後、二度と元の人格には戻れません。

ある種人格破壊ともいえるこの手術は、非人道的とも呼べる行為です。

とても大きな声で外に言える内容ではありませんでした。

これは物語中盤、ジョージ・ノイスの話と彼のおびえが、手術の恐怖を物語っています。

また、手術実施の是非について、病院の体制が一枚岩でない点も伏線の1つ。

アッシュクリフ病院医師たちが属するのは、手術肯定派の「保守派」と、手術に否定的な「進歩派」。

この両派の存在は、医師たちの会議のシーンで明らかになります。

患者には全員拘束具をつけるべきという議論に対し、「保守派」と「進歩派」は真っ向から衝突。

ここに、両派の対立構図が見られます。

レディスを被験体に、手術によらない治療を行うコーリー院長たち。

「進歩派」の主張は、「保守派」の行いの非人道性を否定しようとする動きそのもの。

これらは、島で手術が行われていることを間接的に表現したものだったのです。

伏線・考察②:レイチェルという人物

レイチェルは、テディが生み出した架空の人物。

そのことに関する伏線は、至るところに見られます。

まず最初に、レイチェルがいたとされる部屋に残されていた、例のメモ。

これ自体がすでに、レイチェルが実在していないことを暗に示しています。

先の見出しでも解説したとおり、「4の法則」はレディスとドロレスのアナグラムを示したもの。

「67」とは、レディス自身のことを指しています。

このメモは、現実を見失ったテディに対して向けられたものだったのです。

続いて、テディが直面した2人のレイチェルの存在。

戻ってきたレイチェルは、本物のレイチェルではありませんでした。

レディスが真実を伝えられた後のシーンで出てくる看護師が同じ顔をしています。

初めに会ったレイチェルは、彼が過去と向き合うように仕組まれたものだったのです。

では、崖の横穴にいたレイチェルは、いったい誰だったのでしょうか。

彼女は、レディスが生み出した妄想の産物です。

このレイチェルは、

「子どもどころか、結婚もしていない」

と言います。

そして、この島の"陰謀”を話し始めました。

レイチェルの子ども殺しの罪は、ドロレスが犯した罪と全く同じ。

ドロレスに関する"事実”は、レディスにとって目を背けたい過去の傷です。

となると、彼女の存在はテディにとって大変都合の良いものだったといえます。

彼が出会った2人のレイチェルの主張の食い違い。

うち1人は、ドロレスと同じ罪でこの島に収容されているという出来すぎた偶然。

この点から感じる違和感もまた、レイチェルに関する伏線だったといえます。

他にも、資料提出に協力的でないコーリー院長の言動。

レイチェルの捜索に全くやる気を出さない警備隊員たちの姿など。

今思えば、そこかしこにレイチェル不在のヒントがあったのです。

伏線・考察③:レディスという人物

テディはレディスのことを、妻がいたアパートに火をつけた放火魔だと言っていました。

しかし真相は、テディの本来の人格こそがレディスです。

彼は2年前からシャッターアイランドに収容されており、治療を受けていました。

治療はコーリー院長ら「進歩派」の試みで、薬を用いずに過去と向き合わせるもの。

彼らはレディスに”テディ”を演じてもらい、捜査とともに真実にたどり着かせようとしたのです。

テディがレディスであることをほのめかすシーンは本作の冒頭から見られます。

まず、シャッターアイランドに着いたときのこと。

テディとチャックを待ち受けていたのは、ピリついた空気と大勢の警備隊。

これは、レディスが暴走する可能性を見据えたものだったといえます。

そして、病院内の患者や職員たちの、テディに対する反応。

患者たちはテディを見ておびえたり、笑ったりしていました。

職員たちもテディの事情聴取を話半分で聞いている様子。

レディスの妄言がまた始まった、という反応でしょう。

おびえる反応については、レディスの暴力的な振る舞いを恐れたもの。

彼が容赦なく暴力を振るう人物であることは、後にシーアンの口から明らかになります。

その他、寝泊まりの場所が職員の宿舎だったこと。

「過激派」がテディのことを

「暴力にどっぷりだ」

と言い、やたらに挑発する姿勢。

最後に、C棟にいたジョージ・ノイスの話。

ノイスはテディを見るやいなや、お前のせいでここにぶちこまれたと激怒。

訳が分からないテディは、真実を暴いてここから助け出すと言うも、ノイスはこう吐き捨てます。

「あんたとレディス、それが核心さ」

続けて、これはゲームで、真実を知るかレディスを殺すかは選ばなければならないと言います。

突然ドロレスの幻覚に襲われるテディ。

ノイスは、真実を知りたければ、今見ているものを忘れろと叫びます。

忘れられないというテディに、ノイスは

「奴らの勝ちだ」

と言ったきり、うずくまってしまいました。

ノイスとの一連のやり取りは、テディがレディスであることを最も直接的に伝えています。

これ以降、テディの行動は徐々に異常性が見られるようになってくるのです。

『シャッターアイランド』(2010)のまとめ

テディ(レディス):(C)2010 Paramount Pictures

ラストの急展開こそが『シャッターアイランド』(2010)だと言っても過言ではありません。

しかし、本作において真に評価すべき点はむしろ、恐怖の描き方にあります。

狂気あふれる人物の行動は、異常で猟奇的で、恐ろしいものです。

ですが、本作はこうした直接的な恐怖に重きを置いていません。

“分からない”、すなわち理解や想像を超えたことで生まれる恐怖心に注目しています。

ここに着眼点を置くデニス・ルヘインのセンスの良さ。

そんな、“分からない”恐怖に徐々に包まれていく感覚を、ぜひお楽しみください。

本作の他にもラストまで見逃せない秀逸なサスペンス映画を紹介しています。

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